はじめまして!
ひらぴすと申します。
ここでは、わたしの生い立ちや、どうしていまの活動をしているのかを書いていきます。
ドロドロの承認欲求と向き合う。ひらぴすの生い立ち
褒められるために生きてた小学生
「自分には何の特技もない」わたしがそう思い始めたのは、小学生の時でした。
小学生の時って、一緒に行動するグループみたいなものが出来ますよね。
私が一緒にいたグループの子は、私以外みんなリレーの選手でした。
さらに加えて、歌がうまい、絵がうまい、美人でモテる、頭がいい、運動神経抜群・・・
この能力のうちひとつも、わたしにはありませんでした。
運動会の練習期間、リレー選手だけが参加する朝練のようすをひとりで窓から見て、
なんで自分だけ無能なんだろう
と悲しかったのを覚えています。
価値なしマインドを構築
この「自分は価値ない」マインドは、小学1〜3年の頃に父にあまり褒めてもらえなかったことが根底にある気がしています。
自分に自信が持てず、いつも周りを気にするようになった私は、当然のようにいじられキャラになりました。
みんな1対1で話すときは対等に話してくれるのですが、グループで話すときは私をいじることで場が盛り上がっていたので、つらくても我慢していました。
テストの点だけは、ダントツでは無いながらも上位の方だったので、なんとかいい点を取って先生に認められようと頑張っていました。
優等生になることで、認められようとした
コツコツと勉強したことで、中学ではまじめな優等生ポジションをゲットすることが出来ました。
定期テストは、1ヶ月前から勉強開始。
つねに学年5位以内に入っていました。成績も体育以外オール5。
さらに生徒会に、生活委員を兼任。
「まじめか!」とツッコミたくなるようなまじめさです。
全てのモチベーションは、褒められるため。
教師に恋しまくってた
正直、客観的に見ても「なにごとも頑張るいい生徒」だったので(笑)、
先生にも一目置かれていたし、男子にもモテました。
そのまま当然のように北海道のトップ高に合格して入学しました。
高校ではそうはいかなかった
順調だった褒められ人生ですが、高校ではそうはいきませんでした。
トップ校だけあって、成績上位になるのは東大レベルの人たち。
上位キープが難しくなってしまったのです。
人間関係にも変化がありました。
頭もよくて大人な子が多くて、あからさまにいじめてくる女子もいないから、とくに頑張らなくても平穏に過ごせてしまう。
環境の変化で、「褒められるために頑張る」ことができなくなってしまいました。
モチベーションがなくなったので当然成績は右肩下がり。
300人中250番をとったこともあります。
オタクなので高校で浮きまくる
勉強で活躍できなくなった私は、「人と違う」ことをすることでなんとかポジションをゲットしようとしました。
- 学校でディープな深夜アニメの文房具を使う
- 戦国鍋TVという深夜番組を友だちにプレゼン
- 教室でボカロを踊ってる
おかげでけっこう浮いていました。
可愛いヲタクならいいけど、芋ブスだったので痛かった。
いまのところ、人生で有数の黒歴史ですね。
部活は生徒会を続けましたが、文武両道が正義とされる高校では「生徒会やる人って変わってるよね」くらいの認識で、あまりステータスになりませんでした。
ついに高校3年のときに、浮いているせいで男子に継続して陰口を言われるようになりました。
ここで「進学校で文系に行く男子は成績下位の傾向があり、劣等感から陰湿になる」という偏見を培った
勉強も嫌だったし、ブスだったし、成績悪いし、陰口言われるしだったので、たまに学校をさぼるようになりました。
大学受験はなんとか乗り切る
そしてやってきた大学受験。
「こんな環境を抜け出したい」という思いから、札幌からは誰も行かない横浜国立大学を受験することに。
「バカにしてきた男どもよりも絶対にいい大学に行ってやる」と思って、やりたくない勉強もちょこちょこ頑張り、大学受験をなんとか乗り切りました。
合格できて本当に良かった。
大学で初めてできた彼氏にモラハラされる
無事に入学しますが、横国は田舎にありますし、芋ブスなことには変わりなかったため、あまりキラキラした生活ではありませんでした。
芋ブス顔で受験情報雑誌『螢雪時代』に載ったのは、つらみが深い。
彼氏にはブス扱いされました。
・ご飯を奢らされる
・課題をやらされる
・洗濯させられる
・掃除させられる
不機嫌になることで他人をコントロールする系の、関わっちゃいけないメンズです。
しかしそのヤバさに恋愛経験の少なさから気づけず、半年ほどそんなボランティアのような関係を継続しました。
大学1年のころはこんなかんじで黒髪の芋でしたね。見たくないのであえて遠い写真にしました。
「可愛くなってモテたい。」
無事にモラハラ男と別れた後、むかついたので自分を磨く決意をしました。月並みですが「可愛くなって後悔させよう」と思ったのです。
ダイエット、髪を染める、メイク、アイプチなどなど研究しました。
結果は徐々に出て、「最近可愛くなったね!」と男子から女子からも言われるように。
その後はふつうにやさしい彼氏も出来たし、サークルで飲みまくるのも楽しかった。
美少女になれたわけではありませんでしたが、イモ感をなくして見た目が改善されると、いろいろとうまくいくようになるんです。
授業に行きつつ、ダンスサークルで踊って、いろんなバイトして、彼氏と遊んで、合宿で酒を飲んで、たまに海外旅行に行く。
しばらくぬるま湯な学生生活を送っていました。
就活で、意識高い自分が開眼
しかし、ずっとぬるま湯でいるわけには行きません。就活がやってきます。
モラトリアムの終焉。新たな壁の出現。
ほんとうに働くのが嫌で、「公務員になって毎日定時退社して猫とダラダラ暮らしたい」と本気で思っていました。
”頑張ったこと”がなかった
就活が嫌だったのは、何かひとつのことを頑張った経験がなかったからです。
こんな自分ではどの会社にも入れないと思いました。
しかし、ある日渋谷の就活カフェで出会ったサポーターの方に相談したところ
ベンチャーでめっちゃ活躍できそう
と言われました。
単純に嬉しかったし、「私でも、活躍できるのかもしれない」と希望が見えました。
それをきっかけに意識高い私が開眼。
就活楽しい!
気が狂ったように就活に夢中になりました。
ベンチャーの面接において、主体性のある学生は褒めてもらえるからです。
いくつものベンチャー企業からオファーを受けて内定をもらい、モテ気分を楽しんでいました。
インターンで「結果出さなきゃ価値ない病」が再発
無事に大きめのベンチャー(?)に就職が決まり、すぐに学生内定者インターンを開始。
内定者合宿では、意地で勉強して、約70人中1位をとりました。褒められるために。
そこで半年ほど週5〜6でインターンを続けた頃から、いろいろと調子が悪くなってきました。
結果主義なのはとてもいいことなのですが、怒鳴り声を聞くのは、共感性が強い私にはストレスでした。
私はだんだんと「結果を出さないと生きてる価値がない」というマインドを再発させてしまいました。
さらにアンラッキーだったのは、社長が女性社員の美醜についてあからさまに触れる環境だったこと。
「最近〇〇が可愛くて社員の中で人気」「(男性社員に向かって)女性社員のうち誰とやりたい?」などと社長が言って回りました。
1社目は常識を知らないからこれが普通だと思ってた。
気づけば、「仕事で結果を出さないと生きてる価値がない」かつ「美人じゃないとカースト下位」という恐怖と毎日戦っていました。
太らないように、食べたものを吐くようになったりしました。
2ヶ月限定キラキラ(?)大学生フリーランスに
結局、精神的にもたなくなり、会社に行きたくなくなっていたので、なんとか内定を辞退。
残り少ない学生生活では、「”すごい人”にならないと生きてる価値がない」という強迫観念が拭えなかったので、ひたすら行動しました。
- ビジネスマッチングアプリYentaで経営者と会いまくる
- ツイッター運用を初めてフォロワー1,500人に
- 広告系総会の学生枠に応募して参加
- 垢抜けるメイク方法を販売して1日で30万円売り上げる
- 美容アプリ開発やファッションのサービスのコンサルを引き受ける
内定辞退をした手前、「なにかほかの結果を出さないとかっこ悪い」思ったのもありました。
完全に周りが見えない状態で走っていて、正直あまり記憶がありません。
めでたく精神科デビュー
そんな状態で4月を迎え、yentaで知り合った経営者の方のつながりで今の会社に入社。
新しい仕事にも慣れないままなのに、それまでやっていた仕事も抱えていたので、常にいろんな仕事のことで頭がいっぱい。
5月のある日、疲れすぎて歩けず、家に帰るとき、本来は10分の距離に30分かかりました。
その次の日に起き上がれなくなり、涙が出てきました。
誰かに病名をつけてほしくて、精神科に行きました。
会社の人達は、本当に心配してくださって、心から申し訳なかったです。
目の前のことに集中しないで何やってんだ自分。
とすこし目が覚めました。
そこから、他の仕事はセーブするようになりました。
幸せってなんなのか考える
徐々に仕事にも慣れ、結果を出せるようになってきて、落ち着いた頃。
「幸せって、一体なんなんだ」
と考えるようになりました。
大学のときのわたしは「ずっとダラダラしてたい」と願ったし、就活後のわたしは「成功してすごい人になりたい」と欲望した。
でも、「一生ダラダラ=幸せ」も「成功=幸せ」も、しっくり来ない。
ダラダラしていた時期は、「こんな自分でいいのかな」と常に何か満たされない気持ちがあって、不安だった。
頑張って行動して、ある程度の結果を出したら、「もっとすごくならなきゃ」と不安だった。
一体どうすりゃええねん!!と思っていたとき、とある記事を見つけました。
あんちゃさんの記事です。
彼女は24歳でブロガーとして独立。人気を得たのですが、「自由な生活をしているにもかかわらず心が満たされない」という状態になったそうです。
そして、こんな記事にも出会いました。
いのうえさんは、フリーランスで5000万円ほどネットのビジネスで稼いだ経験があるにもかかわらず、その事業をやめて正社員になり、お金にならない小説を書いて、「小説めっちゃ楽しい」と言っています。
※現在は非公開になっています
こんなふうに色んな人の話を聞いたり本を読んだりしているうちに、「幸せとは成功や権力ではなくて何かに夢中になっていることなんじゃないか」と思うようになりました。
わたしが夢中になれることってなんだろう
数ヶ月間、そればっかり考えていました。
「褒められるため」以外の生きる理由を探したんです。
分厚いノートを1冊買って、思っていることを書き殴りました。
ぎゅうぎゅう詰めのページが50ページほどあります。笑
わたしには、これしかない
有象無象を書きまくった結果、浮かび上がってきた生きる理由は
生きた証を残したい
でした。
明日死ぬとして何を後悔するか考えると、「自分が考えたことを誰かに残せなかったこと」だと思ったからです。
なぜか大学の頃の学長のメッセージを思い出しました。
皆さん、大学に入ったら、サークルで友達を作り、アルバイトで貯めたお金で旅行や飲み会を楽しんで、あとは適当に単位を集めたら就職活動をして、うまく行けば一生正社員で働ける安定した職場に潜り込む――まだ、そんなのんびりしたことを考えてはいませんか?
国が転機を迎えるというのは、もうこういう決まり切ったコースで人生を生き抜くことができなくなるということです。
せっかく大学に入るのに、そんなのは嫌だ。テニスやダンスをやりたい。まだ、逃げ切れる時間は残っているはずだと思っているあなた。どこか別の大学の別の学部に行って、卒業してから「こんなはずじゃなかった!」と後悔してください。
「面白えじゃねえか! この野郎!」と思ったあなた。あと残り2回の入試で潰されることになっているこの人間文化課程に是非チャレンジしてみてください。
乱世を楽しく、痛快に生き抜くための様々なスキルと活力を人間文化課程は提供します(但し、あなたが自らそれを望むなら…ですけど)。人間文化課程が廃止になっても、ここでいま様々なことに挑戦している教員たちや在学生たちはどこかでしたたかに生き延びるのです。
国や組織にいつまでも頼っていないで、自立して生き延びることのできる個人を育てていくのが人間文化課程の教育です。
そうだった。大学に行ったのは、決まりきったコースを歩むためなんかじゃない。
4年間、教授たちが教えてくれたのは、「自分で考えて、自分の意見を持つこと。表面的なものに惑わされずに、ほんとうの意味で自立すること」だった。
この気付きに、なんとなくしっくり来ました。
書きたい
ここで、切り離せないのは文章です。
大学時代いちばん夢中になったのは、文章でした。
大学のゼミでは、「見た目がいいと幸せになれるのか」「男は権力、女は美貌と言われるのはなぜか」みたいな文章や論文を、ずっと書いてました。
卒論は「エロス権力(美が持つ魔力)」について、気付いたら2万4千字も書いていました。
横国の人間文化課程は、普通なら研究として認められなさそうなことをずっとやらせてくれました。
教授やゼミ生は「これは論文じゃなくて自伝w」と言いつつも、私の文章を読んでくれて、「面白い」「感情が伝わってきて鳥肌が立った」と感想をくれて本当に嬉しかったです。
幼い頃に夢中になったのも、本でした。友だちとのごっこ遊びなんかより本を読むのが何千倍も楽しかった。
あと夢中になれたのは、図工に国語、あとダンス。表現すること。
今も、ずっと何気ない日々を過ごしていると、「書きたい。なんでもいいから書かないといけない」というなんとも言えない衝動が積もってきます。
私が情報発信する理由
「生きてるだけで、あなたには価値がある」
わたしは人生を振り返って見ると、他人と比べて劣等感を抱いては、自分を責めてばかりでした。
とあるオーディション番組で、韓国の偉大な芸能プロデューサーさんが、練習生にこんな言葉を言っていました。
この言葉を聞いたとき、救われるような感じがしました。
もし劣等感で悩んでいるとたら、あなたがもったいないです。他人と比べる必要はないのです。
幸せは外部にない
「お金があれば幸せになれる」
「結婚すれば幸せになれる」
そう思っている人が多いですが、それは間違っています。社会が作り上げた幻想です。
いつも悲しそうな顔をしたお金持ちや、つらそうな夫婦を私は何人も見たことがあります。
幸せは外部にあるのではなく、自分の中にあります。
可愛くなる努力をしたり、新しいことに挑戦したり、お仕事を頑張って、自分のことを好きになって愛すことができたら、たぶん幸せなんです。
表面上の指標に惑わされるのではなく、「だれもが持っている”自分だけの価値”を残していける世界」を実現できたらいいなと思って、このブログを書いています。
そして、当然私のためでもあります。私だけが持っている価値を残して自分を好きになりたいから、書いています。
横国人文課程長のことばをもっと読みたい人は、こちらに全文が書いてあります。ぜひ読んでみてください。
(この学部は文部科学省の施策でもうなくなってしまいましたが、サイトは残っています。)
独立、そして会社を設立
(2021年10月追記)
その後たくさんの出会いがあり、2021年8月末でお世話になった会社を卒業し、2021年10月に会社を設立しました!
こちらについての発信も今後していけたらと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
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